ライスパのお仕事

意外にアナログなIT会社の業連

会津屋の郷(さと)を訪ねて。

1590(天正8年)会津漆器生産が始まる。同年、秀吉が全国統一。
1661(寛文元年)会津漆器に初めて蒔絵が取り入れられる。
1772(安永元年)藩の借金は五十七万両に及び、破綻状態。
1781(天明元年田中玄宰(たなかはるなか)が、三四歳にして会津藩の家老に。
1782(天明2年)天明の大飢饉
1787(天明7年)田中玄宰の藩政改革開始。
1792(寛政4年)漆芸の老舗「柳庵初瀬川」が京都に創業。
・・(天明年間)京都から木村藤蔵を招き、「消粉蒔絵」の技術を領内の職人に学ばせる。
・・(天明〜文化年間)中国、オランダに漆器の輸出を開始。
1804(文化元年)日新館を建設。
1813(文化10年)由蔵が生まれる。 土地の蒔絵師に弟子入り。年期明け。
1832年(天保3年)鈴善が営業を開始。
1838(天保9年) 塗師重在門に誘われ、春、伊勢参りに旅立つ。
1840(天保11年)蒔絵技法の「会津絵」が確立される。
1851(嘉永4年)小谷(おや)村(現在の大戸町小谷)で村方役人の肝煎(きもいり)である初瀬川家に、建増が生まれる。
1868(・・)建増、17歳で肝煎となり会津藩の蝋漆(ろううるし)取締役も勤める。